青山劇場、ゆうぽうと、閉館。

1/31/2015

青山劇場、ゆうぽうと が 閉館します。
http://www.sankei.com/smp/entertainments/news/150118/ent1501180013-s.html
記事にもある通り、老朽化ということですが、
この数十年 日本のバレエ界には大きな存在の劇場であり、またどちらの舞台にも思い出が色々あり寂しくもあります。

青山といえば、青山バレエフェスティバル。
当時は、日本バレエフェスティバルといえば、ベテランや絶対的なダンサー達が固める公演。
青山バレエフェスティバルといえば、ベテランだけでなく、若手も多く起用した登竜門的な存在でもあり、作品的にもとてもエネルギッシュなものがたくさんでした。

青フェスは、中学生の時に1度、そして大人になってから1度出演の機会に恵まれました。
牧にお世話になっていたころ、日本を代表する素晴らしい先輩達に囲まれながら、
またその後世界で活躍するような仲間と共に、阿佐美先生の「レ・ジーナ」という作品だったと思います。
今考えると、贅沢な舞台に立たせて頂いてたと思います。

2度目は、青山バレエフェスのラストコンサートの時でした。
昔からの先輩や、新国での仲間達、他のカンパニーで踊る素敵なダンサー達、
http://www.aoyama.org/topics/2000/ballet.html
今思うと、俺ごときが、これまた素晴らしいダンサー達と共に踊らせて頂いたなと思います。
本番前に古傷の一つ 膝が悪化して、針を打ち打ち、、、2日間足がもつか 不安を抱えながらの舞台だったのを思い出します。
かなりハードな作品でしたが、結局 踊りだしちゃえばやっぱり楽しくて、また針が効いてくれたのか 2日目も足の調子は悪くならず済みました!

リハも青山劇場のAリハーサル室で毎回行われ、レベルもキャリアも俺より遥かに上の方達がたくさんでしたが、優しい先輩や気の知れた仲間達と一緒だったので楽しい時間でした!
カーテンコールで、幕前に出たのもこの時 初めてで、なんかお客さんをより近くに感じる素敵な経験でした!
そうそう、留学が決まる切っ掛けとなったイギリスの学校のオーディションもこのAリハでした!

ゆうぽうと も、牧の公演で何度も立たせて頂きました。
特に覚えてるのは小学生の時で ドンキの子役で出させて頂いた時。
(金森)嬢君と、辰巳君と一緒だったのですが、本番前ロビーで遊んでて、、
気がついたら、客入りしていて、焦った俺らは急いで楽屋に戻ろうとしたら、非常口みたいな所に間違えって入ってしまって、迷子になり、、、!!
階段を登り降り、走って飛び降り、ようやく出れたのが、ゆうぽうとの地下の駐車場!
ジプシーのボロボロの格好の子供3人に、駐車場のおじさんの目がまん丸だったのを覚えてます。w

そして、初日の公演が終わって、次の日起きたら、足がめちゃめちゃ腫れて、足を付く事も出来ない。
迷子になって、必死で階段を飛び降りて出口を探していた時にやってしまった、重度のねん挫でした。2日目3日目の公演は出れず、バレエ団にはめっちゃ迷惑をかけました。(汗)
その時に急遽代役で入ってくれたのが、(吉本)真由美ちゃん!m(__)m
あの時はありがとうございました^^ その時のかり、まだ返してません。(-o-;)w

多くの経験を(怪我とか迷子とかにしか聞こえない?(笑))
青山、ゆうぽうと と共に、ありがとうございました。

写真無しも寂しいので、、

 自身の作品「Better Is Peace」から1枚。
2011年震災の支援活動で東北に行った時に自身で撮った写真なども含め、それを600インチのプロジェクターを使って投影しながらの、作品でした。
写真の力にも助けられ、客席では涙を流す方がいたり、ロビーに設置した支援箱には、多くの募金が集まりました。
小さくても同じ気持ちがそこで共有されて、嬉しくまたありがたい時間でした。

Satsuki
 

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